ポイペットへビザラン。友人からルンピニ発カンボジア行きのバスは普段どおり運行していると聞いていたので、早朝4:45起床、5:30にタクシーでルンピニ公園へ向かう。運転手曰くルンピニ公園前はちょうど閉鎖されている可能性があるとのことで、行けるところまで行ってもらうことに。ちょうど6時くらいに公園前へ着くとちょうどデモ隊も始動したところらしく、怒声をあげつつ大通りに向かってタイヤや障害物を投げて封鎖を始めている。当然その混乱の周囲にはバスは見当たらない、困った。実は今日が滞在期限なので何としてでも出国しないといけない…ということでコンビニの店員に尋ねてみると、ラマ4世通りを東側へ歩き、交差点を渡ってさらに行ったところに停車しているとのこと。駆け足で向かい、ぎりぎり出発時間に間に合う。さすがに乗客はふだんより少なかった。

約4時間後に到着、無事に出国と再入国を終える。バンコクへ戻るバスを待つ間、アランヤプラテート側のカフェにて3時間ほど仕事。その後国境周りに広がる市場をぶらぶらした後、午後3:30にバンコクへ出発。帰りのバスにて、ノートパソコンで「ARGO」を鑑賞。非常にシンプルにハラハラしたし、感動したし、面白かった。上質のドキュメンタリーとしても楽しめる感じあり。何より画面に横溢する80’s感が大好きすぎた。夜8:30に帰宅。これより就寝。

タイの2014年が始まって早くも30分が経過した。久しぶりに思い立ってTumblrで書いてみたいと思ってダッシュボードを開いてみた。というのは真実ではなくただの後付けの理由であって、新年のせいかツイッターが全く開かなくなってしまったので仕方なくここに書こうと思った。はてなブログだけにあったほんのわずかな記事もこちらへすべてコピーしていかにもメインのブログという感じに体裁を整えているがこれもとりたてて深い意味はない。

向かいの家で底抜けの爆音にて開催されていた年忘れカラオケ大会もすっかり静かになり、新年を祝う花火と爆竹の音もようやく鳴り止んだ今となってはこれ以上ラップトップに向かってヘッドホンで耳を塞ぎつづける必要性もないのだけど、実のところここ最近は夜も早めに休んで翌日に備えるという自分としては驚くべき習慣ができつつあったりもして、こういう非生産的な時間を意図的に過ごすのも久しぶりな感じがしていて、それがまた日本の年末年始感をフィードバックさせてくれたりもして、もうしばらくこうして無為に時間を過ごしたいと思わせるものがある。10月に買ってちびちび飲んでいたバランタインがたった今底をついて、時間の経過を静かに実感する。

年末に「桐島、部活やめるんだってよ」を見た。批評・ネタバレの類いをことごとく回避してきたために前知識はまったくのゼロで、いわゆるスクールカーストを描く映画かと想像しつつもこれほど各所で言及されているからにはそれ以上の何かがあるに違いないと期待していた思いは概ね裏切られず、終盤に至って急速に普遍的テーマへと収斂していく物語に期待を上回る感動をおぼえて、胸の底のあたりがじんと熱くなる感じがした。何のために生きるか、生きることにどれほど真剣に向き合うかなんていう、読書においては最近何となくあえて回避してきたテーマが、これは本当にすごいと思うのだけど登場人物の誰の口によってもただの一度たりとも語られることなく、しかしその表情や視線や濁される言葉によってこれ以上ないほど力強く語られるときに、そういった命題に対して自分の腹の底に巣食っている渇望や欲求とでもいうべきものたちが強烈に目ざめていくのを感じた。いちばん好きなのは野球部キャプテンが最後に登場するシーン。あるレビューによればあのくだりで笑いが起きた会場があったらしいけど、個人的にあのシーンは本当に思い出すだけで喉がつっかえてもう一度感動がプレイバックする。人間のひたむきさの強烈なリアリティ。あと個人的には学生時代にオタククラスターに限りなく近いカーストだったので胸の痛いシーンの多かったのも事実だった。

ウイスキーが尽きてただの水を飲んでいる。今年はどんな年になるだろうか。2013年をふりかえれば思い通りにいかないことやどうしようもないことが日に日に増えてきて、そうしたことを合理的判断の結果として迷いなく受け入れることが増えてきた。自分が人生を掌握しコントロールしているというのではない。容認して、ただ受け入れること。タイにおいておよそ最も重要な美徳とされているであろうそれを十全に発揮できているときにこそ、自分が最も主体的に行動できているように感じるという一種の逆説をひとつの円熟性と呼んでも差し支えないのだろうか。何か大きなことを成そうとするでもなく、否応なく押し進んでゆく大きなうねりの中でひたすらに心の機微を慈しみつづけている。

タイの2014年が始まって早くも90分が経過した。

はてなブログもなんとなく使いにくくて遠のいてしまった今、やっぱタンブラーにさくっと思いの丈を書きたいなあと思うときがなくはないのだけど、どうしてもツイッターで推敲もしないまま連ツイしてるうちに満足してしまうのは脊髄反射的というか享楽的な行為であるのでよくない。・・・いや、そもそも好きなことを書き散らかすことそれ自体が享楽的な行為だ。今更何を偉そうな物言いをしているんだ私は。ただ時間がないだけじゃないか。ごめん。また時間できたら腰を据えて何か書く。

風邪のせいでともかく眠い。昨日から昼夜問わずひたすら眠り続けて、ようやく少し調子が戻った感じ。しかし外は変わり映えしない曇り空である。

実際には毎日の素晴らしいとしか言いようのない経験や人の美しい心の発露などに十分に充足している事実があるのにもかかわらず、このブログではどうも悲劇的な振る舞いに偏った記述が多いことに気付いた。そういう描かれ方に脚色された自分に陶酔したいのかもしれない。事実上の心の影を落とすような書き方をしなければならない。

心が音楽の海で溶けていくような感覚を味わいたいという強い衝動に駆られて、YouTubeで七尾旅人の新曲「サーカスナイト」と「湘南が遠くなっていく」を続けて聞いた。


七尾旅人 「サーカスナイト」


七尾旅人 「湘南が遠くなっていく」

この数か月といえば毎日がハイスピードに通り過ぎていく中で音楽の効用と高揚を忘れていることが本当に多く、ある時に姿勢と矜持を正して真摯に音楽を聴くと深みのある感動、まさに別の世界がそこに広がりを見せる、といえば陳腐だがしかし、ここではない多くの場所が確かにあるのだという深呼吸のような、息苦しさと行き詰まりを穿つ空間的ゆとりの生成される経験が重要だと強く感じる。七尾旅人を聞いてそのような音楽の喜びを深々と味わった。

どちらも素晴らしい曲だが、わたしが今いる場所でとりわけ気持ちのコミットするのは前者であった。なぜか。この問いには、わたしがこの土地に到着してから感じ続けている感触の手がかりがある。単純に言ってしまえば、この土地には「夏が終わる」という感覚がない。後者の曲はちょうど今の日本の季節感に強いフィードバックを与えるものとなるに違いない。(願わくば日本で聞ければ一番良かったのだけれど。)タイでは大きく時季は分かれているものの、日本のように季節が流れていくという抒情ではなく、季節が大きくうねるとでもいうような叙事があるだけだ。始まったばかりの季節も気付けばその終わりに近づいていたり、思い出や記憶が季節と共に指の隙間から零れ落ちていったりなんてことは全くなく、ちょうどR&Bの打ち込みの音がエンドレスで流れているような気だるいムードの中に、食も生業も動植物も、果ては人の生死までもが小事実としてひたすら繰り返され、大河のごとくゆっくりと通り過ぎていく。

「サーカスナイト」がフォーカスする心の高揚は、早々と眠りについた人にとっては時間的・物理的に識別されることのあり得ない極めてささやかな出来事だ。しかし視点を変えれば無数の豆電球のように繰り返し確かに存在するエネルギーのうねりでもある。巨大なうねりの最中にあっても敏感なアンテナを磨き、見過ごされがちな小事実を執拗に拾い上げることはすなわち、命の価値・輝きを慈しむことを意味する。ある意味で大陸的な時間的・空間的スケールの生活圏の中にあっても、事物を愛し、物事を慈しむ視線を持つ人にとって、この曲は本当に美しく輝く。

"Tight rope dancing Baby 今夜だけ 生き延びたい ピエロ"  ―「サーカスナイト」

さて、かような場所で醸成される価値観、死生観とは一体どのようなものだろうか。今のわたしはまだそのスケールを測る術すら持ち合わせていない。そしてこのうねりの真ん中に自分が何かを植えることができるとするならば、それは一体どんな種類の種なのだろう?

センソム強かに。航空機が何度も往く轟音。湿気交じりの熱風と肩凝りの重み。油に塗れた屋台の簡易テーブル、他愛無いおしゃべり、オォマイミーコンユー、タイ語、タイ語、タイ語。

随想(1)であらわした混沌など、ステレオタイプな構造に侵された知見を露わにしただけだった。日本人はきちんとしてる?ばかげた話だ。我々の秩序と混沌、彼らの秩序と混沌がそこにあるだけである。眩暈にも似た笑いを自身に対して覚える。知ることが知らないことだし知らないことをさらに知るべきだというようなタイ語を笑顔で弄している滑稽な姿に彼らは眩暈のごとき笑いを生じているだろう。寧ろここにあるのは思念の塊とでもいうような、強烈な言語だ。語学に没入しているからそれを言語と表現してしまうことは不正確だし不本意だが、言語こそが笑い、言語こそが膨張し、野犬を増長させ、大量の麺を茹で、航空機を飛ばし、絶え間ない豪雨を注ぐ。人びとはひたすらに翻弄されるのみ。その点においては国家や民族に相違はない。

言語の差異のその間隙に潜り込もうという絶え間ない気概、度々感激しつつ、まるで観劇のように滑稽に。「見えない」の表現はタイ語で「見たけど見えない」となり、決定的な絶望の度合いに思わず笑える。差異の間隙は見たけどまだ見えない。感激の実体はかなしみかもしれない。己の右往左往をいわば観劇の振る舞い。まさに「言語には対立しかない」。わたしの数多のことばが解釈されず把握されず、バンコクの土塊の中に染み込んでいっただろう。同人種の間で交わされる幾千幾万のことばがわたしの透明さの深みへ沈んでいっただろう。それでも肯定をしつづけること。分厚い壁の貫通することへひたすら打撃すること。決して、ほほえみを忘れてはいけないこと。

今日は自宅で勉強。マンションの上を飛行機が通過する轟音に度々手を止めて空を見上げる。思わずタイ王国地図.pdfを開いてじっと眺めてしまう。目の前に存在するバンコク郊外の街路というリアリティと、飛行機の行く先に存在するタイ国内の地方、さらに日本を含めた遥か彼方の国々との遠大な距離感とにしばし唖然となる。

10年以上久しかった語学に没頭する時間は多くのことに気付かせてくれるが、やはり一番面白いのは、言語がその言語を用いる人びとと文化そのものを表しているということだ。単語や文法、独特の言い回しが脳に浸透するにつれ、現地の人が物事をどんな順序で、どんな語彙を用いて、どのような思考のロジックで考えているか、その手がかりがほんの少しつかめたような気持ちになる。思考という見えない実体を厳密に表現するものとしての言語の存在に唸らされる。そしてもとより理系を専攻してこなかった自分がなぜプログラミング言語に興味をもったのか、という謎にも糸口を与えてくれる。それは一般言語と同じく、プログラミング言語にもやはり抽象的実体を厳密に描写していく面白味があるからなのかもしれない。

あらゆる物事の本質はきわめて単純だが、それを構成する要素はしばしば恐ろしく複雑なものだ。その複雑に絡まった糸くずをブラックボックスに入れずに、絡まり方や結ぼれ方を詳細にスケッチするようなある種の執着心をもっていつも物事に臨めるなら。目の前の何気ない世界は突如として凄みに満ちた美しさに溢れるに違いない。

午後11:00。窓の下の屋台には今も嬌声とオートバイの排気音と盛大に食器を洗う音が溢れている。バンコクへ到着して1週間、たびたび頭をよぎるのは混沌という言葉だ。最も口にしている言葉は「メチャクチャやなあ」かもしれない。ああ何という混沌!日本で当たり前に思っていた秩序や良識といったものが、路上で、店先で、アパートの廊下で、あらゆる場所で解体されてゆくのを感じる。人であれ言語であれ食であれ交通であれ、まさしく万事は混沌としており、しかし同時に各々の放縦さが整然とその解体に向かって順列を為すのを目の当たりにするとき、眩暈にも似た笑いが襲う。混沌の巨大さと根深さにある種の畏怖すら感じる。混沌と断ずるのは間違いなく時期尚早であるし、またある意味ではいわゆる偏見の類でもあるのかもしれない。差異を適切に消化できない歯がゆさを体のいい言葉で片付けているだけかもしれない。しかしかような危惧をおしてでも「メチャクチャやなあ」と口にせざるをえない。

ベタだが陽水の「タイランドファンタジア」が戦慄を覚えるほどこの情景を捉える。夜が更けるほど小路に籠る人々の息遣いは色濃くなり、数多の生命が言いようもなく存在していることを実感する。この感覚を星空=宇宙に託した歌詞に強く共感する。混沌という言葉の端くれでは表現し尽くせないこの奇妙な感覚は、メコンの流れ、市場のにぎやかな声、見知らぬ花といったあらゆる場所に宿る印象の総体としてしか表現できないものなのかもしれない。

疲労とストレスが溜まってつい心が沈んでしまったこの数日間に心の澱から浮かび上がってきた考えは驚くべきことに自分が日々戦うべき仮想敵とみなしているものであった。すなわち秩序やルールを軽んじる態度・価値相対主義・真善美をナンセンスと断ずるシニカルな精神の類が次々に浮上しては、眼前の果たすべきことがらの数々を蝕み壊乱してゆくそのさまをなす術なく見守るしかない無力なわたしが布団の上に転がっていた。いざ憎むべしとみなしてきた精神態度の数々がほかでもない自分の思考の源泉に潜んでいた事実を再確認させられたことが何とも皮肉で笑いたいようなそら寒い気持ちになった。

妻が終日仕事で自分も大した予定もなかった昨日は朝から佐々木中を借りようと勇んで県立図書館へ行ったら見事に休館日で、「本日は休館日です」の看板の前で立ち尽くす半笑いの30代男性の横を散策中の子連れの家族や老夫婦の類が怪訝な表情を浮かべつつ通過していった。仮に休館日でなくともわたしはわたしの休日をさほど満足して過ごせたわけではなかったであろうことに初めから気づいてもいたが、気づいていたうえであえて佐々木中を読めばそんな心許なさに発破をかけられるという賭けというか信頼というかの一抹の可能性を信じて進んでいった片道10㎞超の道程を無駄にしてしまったことに少なからぬ空しさを覚えた。

ひとつの対象に猪突猛進していないと心が耐えられないようなある種の回遊魚のような張りつめた人生観に突入したのはいつ頃からだっただろうか。糸が弛緩した瞬間に何もかも両手から零れ落ちてしまうのであれば初めから何も張りつめないほうがよいと分かってはいるのだけれど。自分の思考の源泉にあるあの憎むべき考えが鬼のようにやって来て自分を見つけるのを恐れて、息を殺してかくれんぼをし続けているのかもしれない。

はてなへひっこしました。 http://quus.hatenablog.jp/

バンコクへ移住するにあたり自分があとにしようとしているもろもろのことがらの存在感のあまりの大きさに圧倒され戦慄しさえしている日々であるが、しかしたとえ戦慄して今この瞬間1分1秒0コンマ1秒のかけがえなさに息苦しさを覚えようと、はたまたビールを飲みながらしょうもないテレビ番組を見てしょうもない小1時間を過ごそうと、「その」時は同じスピード・同じ様で迫ってくる訳で、この容赦ない冷酷な現況を私は毎日慈しみつつも嘔吐しそうなほどプレッシャーとして感じている。そうして自分が背にしつつある物事でとりわけ重みがあるものの一つは言ってしまうと今の仕事なのだが、そこで出会った配達先の人びとの毎週・毎日の暮らし、志を同じくする同僚たちとの別れが日一日の業務を終えるたび重くのしかかって、本当にもう一喜一憂の度合いが半端ないという話を今日同僚に打ち明けられたのは本当に良かった。にわかにセンチメンタルになったり唐突に仕事に打ち込んだり急激にどうでもよくなったりどうでもよくなったときは所詮仕事帰りの車のアクセルを幾らか強めに踏み込んでしまったりするくらいのことなのだがそんなことしても本当にどうにもならないのですぐやめたりを常習的に繰り返して毎日を構成している。思い立ってオザケンの「ある光」を聞いていたら「この線路を降りたら虹を架けるような誰かが僕を待つのか?」のくだりで不覚にもぼろぼろと泣いてしまった。わたしが今物理的・熱力学的に自らを費やし尽くされている線路を降りてもわたしがいた物理的・熱力学的空間に代わりの誰かがまるで何事も起きなかったかのようにすっぽり納まって相変わらずの人びとの営みを見守り続けてくれるであろうことがこんなにも悲しい。ていうか熱力学的って何だ。いま気づいたけれどわたしは何かを後悔したりしてるわけでもなんでもなくただ忘れられたくないだけなんだ。いやしくもけなげな、いじましくもいじらしい自己愛なのだ。恥ずかしげもなくいじらしいと言ってしまうほどにわたしはわたしのアイデンティティーにかつてなく執着しているのだ。

犬は吠えるがキャラバンは進む。恐ろしいほどに淡々と。